第9話Re:make・EPISODEフィルゼン
一筋も光の差さない暗闇で【狩る者】は、あらかじめ立てた計画の再確認をしていた。
(【大陸の女神】は始末した。これで、ひとまずの障害は消えた。【大陸最強】のホープもこれで離脱するはずだ)
鼻から【大陸最強】のホープを倒そうとしていなかった狩る者は、排除する方法を考えていた。
答えはすぐに見付かった。
それは、彼女の心を折る事だ。
正面からの直接戦闘は、愚の骨頂。
人一倍仲間思いである、ホープの心に漬け込み、目の前でフィンツを始末してみせた。
彼女の敗因は、【信頼し過ぎる】仲間を作ってしまった事だ。
長年付き添い、背中を預け、過去に平和をもたらした存在。
腕があれど、心までは強くなかった。
(後は、なすがままに運命は進む…)
ファルド王国避難施設ーー。
文書を読み漁っていたエイブルは、突然開いた扉の向こうへと視線を送る。
「無事に帰って来たみたいだね」
いつものように、2人へそう呼びかけようとした。
しかし、ホープがフィンツを抱き抱える亡骸を見て、言葉を失ってしまう。
「い…一体…、何が起きたんだい…?」
「……」
ホープは口を噤んだままだ。
「私が…油断したばかりに、フィンツは…」
その光景を思い出そうとする彼女を見て、エイブルは話題を切り替えようとする。
「他の地方でも魔物が暴れている。まだやるべき事があるだろ?」
「…りだ」
「え?」
「無理だ……私は…もう…戦えない」
ホープの口からそのような言葉が出て来るとは予想しなかったため、エイブルは面を食らってしまう。
「ら、らしくないじゃないか!君が諦めれば、もっと大勢が犠牲になるんだぞ」
「うるさい!じゃあ、仲間達やフィンツは…なぜ死んだ!!教えてくれよ、エイブル!」
「そ、それは…」
言葉を模索するが見付からない。
「私が弱いから…皆を護れなかったんだ…何が【大陸最強】だ!だから、親友さえ…くっ…」
彼女の心は完全に折れていた。
「エイブルさん、お姉ちゃんは…」
妹である、フリッシュが尋ねて来ると、口元を抑えて涙を流していた。
「お姉…ちゃん…?え…?ねぇ…お姉ちゃんは生きてるんだよね…」
ふらつく、フリッシュに対して、ホープは静かに謝る。
「…すまない…」
「……つき」
「フリッシュ…落ち着くんだ。これは…」
「エイブルさんの嘘つきッ!!!お姉ちゃんは戻って来るって言ったのにッ!!!」
「…ッ!」
エイブルは、後悔した。
自身の無責任な発言のせいで、妹であるフリッシュを更に傷付けてしまった。
「ホープさんは…【大陸最強】何でしょ!?何でお姉ちゃんが…」
「……すまない…」
ホープは謝る事しか出来なかった。
「みんな…大っ嫌いッ!」
フリッシュは泣き叫んで、飛び出してしまった。
幼い彼女は、現実を受け止められない。
受け止めろ、というのが無理な話だ。
「フリッシュ…!」
エイブルは、込み上げる感情を堪え、決断する。
「今はすべき事をしよう…君は休んでいてくれ…後は僕が何とかする」
エイブルは、各地方に散らばる仲間達へ連絡を取るのだった。
※
西国ヤルプーー。
黒の軍服に身を包む、中性的な容姿を持つ少年は酒場の入り口で深い溜め息を零していた。
「あの店主…、頭堅いんだから。別にいいじゃないのさ。お酒くらい」
彼は、職場の同僚や先輩から、酒場の楽しさというものを聞いていたため、「これは、行かねばならない」との使命感で訪れた。
しかし、
「ここは、ガキが来るところじゃねぇよ。さ、帰った帰った!」
と、酒場の店主に追い出されてしまったのである。
人は見掛けに寄らないという表現はあるが、彼の場合、年齢は15歳であり、20歳に満たないため、追い出されるのは当然といえる。
「アルミス様、ここに居られましたか」
白のコート風の軍服に身を包む少女が一礼し、懐から一枚の茶封筒を取り出し、手渡す。
差出人は、エイブルだった。
彼の名前は、アルミス。
ホープ達と同じ志しを持ち、世界平和のために暗躍する組織の一員である。
「では、お渡ししましたので」
やる事が少し残っている少女は、早々に立ち去ろうとするが、
「ちょちょ!タキアちゃん!」
アルミスが呼び止める。
「君も少しは休みなよ!せっかくここの防衛戦線が片付いたんだからさ」
アルミスとタキアは、防衛戦が片付いたばかりである。
しかも、一週間丸々、不眠不休で働き詰めであった。
「いえ、任務が優先ですので」
淡々と話すタキアに対し、アルミスは苦笑いを浮かべる。
「じゃあ、命令。オレの傍に居て?」
「…むぅ。それが任務なら…」
「うんうん!」
タキアは露骨に嫌な顔をする。
しかし、アルミスの従者であるため、命令には従うのだ。
「しっかし、エイブルから連絡とはね。それに…フィンツが殺られるとは」
普段、何事にも動じず、笑い飛ばすアルミスでさえ、今回ばかりは驚いたようだ。
【大陸最強】のホープ、【大陸の女神】フィンツのコンビが謎の人物に敗北。
全戦全勝の彼女達が敗北するとは、誰が予想したか。
エイブルから送られて来た手紙の内容は、ホープ達が対峙した敵の存在についての情報と、今後の任務についてだった。
「任務でしたら、早急に片付けますが?」
「ブレないねぇ…タキアちゃんは」
ホープの心が折れた今、各地方の仲間達が力を合わせなければ、この状況は打開する事が出来ない。
エイブルからの指令は、防衛戦の維持と【狩る者】と名乗る人物の捕獲である。
当然、力になるつもりだ。
だが、引っ掛かる事はある。
アルミスの耳に、ある噂が入って来たのだ。
「ねぇねぇ、タキアちゃん。【武装国家ベスル】の軍勢が敗北したって話…聞いた?」
「小耳に挟んだ程度ですが…」
【武装国家ベスル】。
超か付く程の武装国家であり、国一つ容易く落とせると噂される程の軍事力を誇る。
「噂によると、たった一人に手も足も出ずに大敗したんだってさ。積み上がる屍の傍にいた姿は、【悪魔】だったらしいよ」
「それは…噂に尾ヒレが付いただけなのでは?それに、【武装国家ベスル】を落とせる国があるとすれば限られます」
タキアは、ハッとしたような表情を浮かべた。
「まさか…」
「そう。落とせる国があるとするならば、【大国ゼバン】、【遠征騎士団】。そして、オレ達の組織だ。今回の魔物の出現といい、ホープ達の敗北。誰かが裏で糸引いてたりしてーっと思っただけさ♪」
アルミスは、屈託のない満面の笑みを浮かべる。
「も、もし…裏切り者がいるとすれば!」
「そんなのいずれ分かるさ〜。多分ね♪とにかく今は、残りの防衛線の応援に行きますかな!」
「はっ!」
アルミスは、脳裏に過る。
(まさか…ね)