第二章~EPISODE32【大罪】
踏みつけられていた重みが消えた。
死んだ。
そう思った。
だが違う。
ヘレスの体が浮き上がっていたのだ。
何者かの蹴りがヘレスの脇腹を蹴りあげていた。
「ぐふっ!?」
ヘレス自身も驚いていた。
痛みを感じたのだ。
血を吐く程の衝撃が、全身を駆け巡った。
地面に転がり、体勢を立て直す。
「ヘレス!」
流石のトレートルも焦りをみせた。
圧倒的、強者の余裕が、その一撃で消え失せたのだ。
「大丈夫かい?」
蹴り上げた者は、アルドへ手を差し伸べる。
「貴方は…」
その者は、アルドよりも二回りも小さく、ましてやヘレスを蹴り上げたと信じられなかった。
「僕は【未来へ繋ぐ者達《テスタメント》】参謀エイブル。危ないところだったね。君は?」
「アルバ王国騎士団のアルドです。助かりました!」
アルドは手を取り、起き上がった。
トレートルも身構えた。
「おやおや、誰かと思えば…エイブルじゃないか」
救援に来たのは、【未来へ繋ぐ者達《テスタメント》】参謀、エイブルだった。
【ルーラ】を使い、飛んだ先はアルバ王国だったのだ。
来てみれば、広がる惨状。
行動しない訳にはいかなかった。
「これを…君らがやったのか?」
エイブルが睨み付けると、トレートルは冷や汗を流す。
「なんだその魔力は…」
目で見えるほど、はっきりと膨大な魔力が辺りに広がっていた。
「僕は最弱さ…でもね、僕だって怒る時は怒るのさ。【狩る者】」
「何だって!?」
アルドは、エイブルの言葉を聞いて、目を疑った。
8年前の戦争を引き起こした張本人だからだ。
しかし、それは大国ゼバンの騎士団によって討ち取られたはずだからだ。
「君がフィンツを…!」
「【狩る者】と一緒にしないでくれよ。俺はトレートルだ」
「嘘だね。君からは、【狩る者】と同じようなどす黒い悪臭がするんだよ」
トレートルが【狩る者】だと、確信していた。
対峙したからこそ、分かったのだ。
「ふっ、ようやく仇が取れるよ?ヘレス」
トレートルが呼び掛けると、殺気を剥き出しにしたヘレスが斧を構えていた。
怒りを顕にしていたエイブルは、一転。
怯えたように後ずさっていた。
「ヘレス…だって…?そんな…なぜ…君が?」
「私は私の目的を果たせそうだ。貴様をこの手で殺したかったぞ、エイブル」
エイブルは、死んだとばかり思っていた存在が敵として現れる。
これほど、残酷な事はない。
「貴様は我が姉を殺し…、他の守護者まで手に掛け、世界を滅茶苦茶にした。その罪、命をもって償うといいッ!」
「違う!君のお姉さんは…!」
「裏切り者の言葉など、聞く耳を持つかッ!!ここで死ねッ!!」
※
「やめるんだ!ヘレスッ!」
「黙れッ!!」
ヘレスは、殺意を剥き出しに、エイブルへと襲いかかった。
怒りを顕にしていた、エイブルであったが、避ける事しか出来ない。
かつて、自身が慕った人物の妹。
本来であれば、守るべき存在なのだ。
だが、こうして牙を剥けられている。
どうにか説き伏せようと試みるが、まるで聞く耳を持たない。
「私はずっと姉さんと平和を守ると夢見ていた…なのに貴様はッ!」
「違う!君のお姉さんを僕は殺してなんかいない!」
エイブルは、真実を告げるが、何を言っても無駄なようだ。
可能性があるのなら。
「【狩る者】ッ!一体、ヘレスに何をした!?」
操られているという可能性だ。
ヘレスは、世界を脅かす存在に、決してなり得ない。
だが、世界を脅かす存在に変貌したということは、トレートルがヘレスに何かをしたと踏んでいた。
「残念だけど、ヘレスは自らの意思で、お前と戦っている。俺は何もしちゃいないさ」
「くっ…!」
望みは絶たれた。
生き残るためには、ヘレスを倒すしかない。
しかし、倒す理由がないエイブルにとって、勝ち目なんてあるはずもなかった。
ヘレスから体当たりを浴びて、体勢を崩してしまう。
「ようやく…私は、前に進める」
ヘレスは斧を振り上げた。
脱力。
エイブルは、ヘレスに殺されても仕方ない。
そう悟った。
殺してなんかいない。
口では言える。
だが、間接的にヘレスの姉を殺してしまった事には変わりはないのだから。
「タナトスハントッ!」
「何!?」
紫色の輝きを纏う刃。
トドメを刺そうとしていたヘレスの肩を斬りつけていた。
アルドは、エイブルを抱き上げて、飛び退く。
「無事ですか?」
「あ、ああ…。助けに来たつもりが、助けられるなんて情けないね」
「貴方とアイツに何があったかは、知りません。だけど、国を滅ぼした敵に変わりはないですよ。俺の仲間だって、アイツらに殺されたんですから」
「そうだね…」
エイブルは、切り替える。
自身の迷いで、また何かを失う。
でなければ、ゴウガが繋いでくれたチャンスを踏みにじってしまうからだ。
「あのガキィ…ッ!」
ヘレスは肩を抑える。
かすり傷を負うことがなかった、相手からダメージを受けたのだ。
これ程、屈辱的な事はない。
自身の手を見ると、流血していた。
ますます、頭に血が昇る。
「もう、迷いはしない。ヘレス、君をそうさせたのは僕の責任だ。僕が倒してみせる」
「なら、俺は…!」
エイブルはヘレスに対峙し、アルドはトレートルへと対峙する。
互いに過去への因縁がある二人の戦いが始まろうとしていた。
すると、
「面白くないな。そういう風に前向きに来られるのを見ていると、虫酸が走る…」
トレートルが手を向けていた。
「アルド君!」
エイブルが何かを察知した時には、もう手遅れだった。
「え?」
アルドは、胸を貫かれていた。
「がは…」
血を吐き出しながら、膝から地面に崩れ落ちる。
トレートルからは、魔力を凝縮した弾丸のような物が発射され、対応する間もなく、アルドの胸を貫いたのだ。
(こんなとこで…死ぬのかよ…。フィルゼン…すまねぇ…)
「【狩る者】ッ!!」
エイブルが踏み出そうとした瞬間、足を同じように貫かれ、腕も同じように射抜かれていた。
「トレートル…!」
流石のヘレスも思うところがあったようだ。
明らかに蚊帳の外だったトレートルが邪魔だてしたのだから。
「ヘレス、思ったよりも時間が掛かりすぎた。早く終わらせるといい。俺は、ちょっと用事がある」
トレートルはそう言い残して、姿を消した。
「う…ぐっ…」
流石のエイブルも、四肢を撃ち抜かれては、抵抗する手立てが残ってはいなかった。
「エイブルよ。せめて、一撃で葬ってやる」
望んだ仇討ちではない。
真っ向から、エイブルを仕留めてこその復讐だった。
だが、それは計画外のこと。
ただエイブルの始末が含まれているだけの事だった。
「ヘレス…。僕は君のお姉さんを心から慕っていた。これだけは…信じてくれ…」
「…そうか」
(ホープ…すまない。後は、あの子達に任せるとするよ…。はは…、またフリッシュに何か言われるかな)
エイブルは、最後の笑顔を向ける。
ヘレスは、エイブルの首を撥ねた。
舞い上がったエイブルの帽子は、まるで天に昇るかのようにどこまでも高くーー。