第二章〜EPISODE16【すれ違い】
フィルゼンが、ナルゼと出会う一年くらい前の事だった。
フィルゼンには、親友と呼べるたった一人の友達がいた。
「じゃじゃーん!今日はご馳走!」
「ご馳走?」
フィルゼンが、ゴクリと喉を鳴らす。
「食べかけのハンバーガー!」
金髪の少女、ネイはゴミ捨て場にあったハンバーガーを高々と掲げる。
ネイが唯一、心を許せる初めての友達だ。
一日を生きる2人にとっては、ご馳走と呼べる、原型を留めた食品なのだ。
苦楽を共にし、フィルゼンはネイと過ごす日々が楽しかった。
「ねぇ、フィルゼン!いつか、2人で旅に出よう!」
「旅?」
「うん!世界は広いんだ。色んな国を見て、色んな人と出会って!きっと楽しいよ!」
「そうだね。ネイとなら楽しそう」
しかし、平和な日々は長くは続かなかった。
※
「こほっ…こほ…」
ネイが病に侵されたのだ。
「大丈夫…?凄い熱…」
フィルゼンは、布を水で濡らして、ネイの額に置く。
「直ぐに…良くなるよ…!」
ネイは強がって見せるが、一向に回復する見込みはなかった。
金さえあれば、然るべき治療を受け、病気は完治するだろう。
この国では、金が全て。
それに貧民街では、常に劣悪な環境だ。
路上で野垂れ死ぬのは、当たり前。
フィルゼンは、親友であるネイを見捨てる事は出来なかった。
「病院に行こう…」
フィルゼンは決心する。
ネイを救うには、病院しかない。
「でも…私らじゃ診てくれないよ…」
フィルゼンは、ネイの手を握り締める。
「2人で旅に出るんだ。ここで死んじゃったら、夢で終わっちゃう」
「そっか…そうだよね。貯金、またしないとだね」
ネイは病院に行く事を決意した。
2人で貯めた10万Gを手に、中心街にある病院へと向かった。
道行く人達は、フィルゼン達を汚物でも見るような視線を向ける。
実際、貧民街でお風呂に入る概念なんて存在しないのだから当然だ。
そんな事を気にしている場合ではない、ネイを早く病院に連れて行かなければならない。
病院へと辿り着いた2人は、扉を開け、頼み込んだ。
「お願い!友達が死にそうなんだ!」
地面に頭を擦り付けながら、頼み込む。
医者が駆け寄って来ると、思いがけない言葉が返ってきた。
「どこのガキか知らないけど、ここは病院だよ?そんな汚らしい格好で来る人達を診る訳にはいかないよ」
「お金ならここにある!」
フィルゼンは、10万Gを渡すと、医者は苦しそうな表情を浮かべているネイを見る。
「あー、うん。助からないね」
「そんな…ちゃんと診てよ!」
「うるさいな。ちゃんと見ただろう?」
「じゃあ…お金は返して…」
「受診料って事で貰っておくよ」
「ふざける…がはっ!」
フィルゼンは、医者に蹴り飛ばされてしまった。
見るからに法外な治療費に、子供への暴行。
許されるものではない。
しかし、誰もが見て見ぬふり。
というよりは、当然なのだ。
貧民街出身となれば、人権なぞ存在しない。
ゴミ同然の扱いを受けるのだ。
「この薄汚いガキが!ペッ」
医者は唾を吐き掛け、病院へと入って行った。
「…ネイ?」
地面に転がったネイに駆け寄ると、息をしていなかった。
「…そんな…」
信じられなかった。
助かるはずだと思い、連れて来た病院では、診療さえ受けられず。
挙げ句の果てには、親友であるネイを死なせてしまった。
理解出来ない現実に、打ちひしがれていると、
爆発音が鳴り響き、魔物達が国を襲った。
混乱する街中で、フィルゼンはネイを担ごうとするが、市民達の逃げ惑う波に呑み込まれ、見失ってしまう。
命からがら生き延び、戻って来た時には、ネイの亡骸はどこかへ消えてしまっていた。
フィルゼンは、後悔した。
二度と大切な人を作らないと。
失うのが辛いのなら、一人でいい。
そう、強く誓った。
※
感動の再会とはいかないが、フィルゼンはネイが生きていた事に安堵していた。
死んだはずの親友が目の前にいるのだから。
「色々、あったけど。私はこうして生きている。フィルゼン、私達と一緒に世界を変えようよ」
ネイはフィルゼンに手を差し伸べるが、フィルゼンは、手を取る事はなかった。
「私は…ネイ達がやろうとしてる事を正しいとは思えない。私にそれを教えてくれた人がいる。世界を変えるためには、誰かがやらなくちゃいけない」
「……」
「けど…そんなやり方じゃ、憎しみだけが残る。いつまでも変わらない…!」
「フィルゼン…」
ネイは冷たい目を向けた。
「がっかりだよ」
深い溜め息を零し、軽蔑するような眼差しだった。
殺気さえ感じる。
憎悪に満ちた眼。
フィルゼンは、気圧されてしまう。
「私が生死をさ迷って地獄のような日々を暮らしてたって言うのに…。フィルゼンは、ぬくぬくとした環境で育って、本当の地獄を知らないから、そんな綺麗事を吐き散らす」
「ネイ…」
「これだけは覚えておいて、強者が君臨する限り、弱者は虐げられる」
「……」
「これで分かったよ、フィルゼン。貴女は倒すべき敵だって。まぁ、私の目的は果たせたから、今日は見逃してあげるよ」
「?」
「ふっ。アルバ王国は、今日で終わりだ」
「なっ…」
「足止めは出来た。またね、フィルゼン」
「ネイ!」
ネイ達は、姿を消した。
「早く戻らないと!」
フィルゼンは、アルバ王国へと駆け出した。