第二章~EPISODE19【裏切り】
【|未来へ繋ぐ者達《テスタメント》】秘密基地へ轟音とともに再び地響きが発生する。
エイブルは、部下達へと伝達する。
「至急、部隊をアルバ王国へ向かわせるんだ!」
「はっ!!」
部下達は、アルバ王国へと経つ準備を始める。
「ヨルカは!?」
「それが…先程から…」
エイブルは、護衛であるヨルカもアルバ王国へ向かうように指示を出そうとしたが、ヨルカの姿が見当たらない。
ヨルカは【|未来へ繋ぐ者達《テスタメント》】の中でも屈指の実力者の一人。
アルバ王国への救援に役立つ。
一刻も早く、救援に向かわなければならないのだが、肝心のヨルカが居ないと部下の1人が言う。
今まで、ヨルカがエイブルの呼び掛けに応じなかった事は、一度たりとしてない。
エイブルの頭に嫌な予感が過ぎる。
※
【|未来へ繋ぐ者達《テスタメント》】基地、見張り台。
ヨルカは、少し溜め息を零して、見張り台へと足を運ぶ。
他の兵士達が、敵の襲撃に備えて警戒を厳としていた。
各国での襲撃を受け、【|未来へ繋ぐ者達《テスタメント》】も狙われている可能性があるからだ。
「お疲れ様です、ヨルカ隊長」
「ああ、ご苦労。敵は来そうか?」
「これだけ、警備を万全にしているのです。軍勢で押し寄せようとも、防衛出来るでしょう」
【|未来へ繋ぐ者達《テスタメント》】の戦力は、大国ゼバンに並ぶほどにまで、増強されている。
兵士の言う通り、軍勢で押し寄せようとも、防衛する事は不可能ではない。
「ぷぷっ」
ヨルカは、口元を抑えて笑みを浮かべる。
「どうされました?」
ヨルカの浮かべた表情に、兵士はギョッとする。
口角は、上がるだけ上がり、恐怖とも言える程不自然な笑み。
「案外、敵は近くに居たりして」
「な、何を!?ぐぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
ヨルカの貫手と共に、血飛沫が上がる。
そして、瞬く間に見張り台にいた兵士達が、次々と死体に変わり果てて行く。
異変に気付いた兵士達は、応戦しようとしたが、行動に思考が追い付いていない。
エイブル直轄の護衛部隊長が、攻撃を仕掛けて来るなど、誰が予想しただろうか。
為す術なく、ヨルカに蹂躙されてしまう。
「あー、スッキリしたぁー」
返り血を浴び、手からは始末した兵士達の血が滴り落ちる。
口元に滴る血を舌でペロリと舐め取り、不敵に笑う。
「ヨルカ様。手筈は整いました」
黒の鎧に身を包む、伝令がヨルカの傍に姿を現した。
「おつおつ〜。さて、始めるとするかー」
不敵な笑みを浮かべた。
「護衛部隊長なんて、馬鹿らしい」
ヨルカは軍帽を深く被る。
「さてとー。殺戮の始まりだ」
※
「エイブル様、出立の準備は整いました」
「ゴウガ。迷惑を掛けるけど、何とか頼むよ」
「とんでもございません。我々は、貴方に忠誠を誓った身。戦場であろうと、どこだろうとお力添えを致します」
鎧に身を包む、オーガ。
彼の名は、ゴウガ。
【|未来へ繋ぐ者達《テスタメント》】が誇る実働部隊副隊長であり、中でも屈指の武闘派である。
現在において、これ程頼もしい存在はいない。
橋を渡ろうとすると、エイブル達は足を止める。
橋へ立っている少女が居たからだ。
「どうして、ここに居るんだい?」
「……」
エイブルが尋ねると、少女は口を噤む。
「タキア?」
エイブルがそう呼び掛け、近付こうとすると、ゴウガが制止し、構える。
「エイブル様、お下がりを」
ゴウガは、感じ取っていた。
タキアの様子がおかしい事に。
「やらないなら、私が片付けるけど?」
「なっ!?」
エイブルは驚いてしまう。
タキアの横に護衛であるヨルカが姿を現す。
「ヨルカ!?何をしているんだ、各国が襲撃を受けているんだぞ!それにアルバ王国への救援にも…」
すると、ヨルカが高笑い。
「面白いっていうか、滑稽だねー、エイブルさ・ま。わっかんないかなー。私ら、裏切ったんだよ。まー、最初からって言えば最初からだけど」
「何を言っているんだ…?」
エイブルは、目の前の出来事を受け止められなかった。
信頼しているはずの、2人が裏切ったと、受け入れ難い事だ。
冗談なのではと、あるはずもない、可能性に賭ける。
「あんたは、すぐに人を信用するからね。容易に入り込めたし、お陰で【大いなる計画】がここまで進んだ訳だしね」
「【大いなる計画】?まさか…狩る者の仲間か!」
「まー、その通り。私は、【|黒不死鳥《ハルファス》】幹部の一人、ヨルカ。あんたを始末するように言われてるんで、潜入してたんだけど。ようやく始末出来るから嬉しいよ」
ヨルカは、【|未来へ繋ぐ者達《テスタメント》】を始めから裏切っていた。
その正体は、【|黒不死鳥《ハルファス》】の幹部だった。
「じゃあ…タキアも…なのかい?」
「エイブル様…申し訳ありません。わたしには、守るべき人がいるのです。貴方達よりも大切な人が」
エイブルは、アルミスの事だと、タキアの想いを汲み取る。
「それに、アルバ王国は、今頃無くなってるだろうし。行くだけ無駄なんで、とっとと死んでもらいましょ」
ヨルカは、鼻で笑う。
「アルバ王国が…!?」
エイブルが焦りを見せる。
すると、地面が割れた。
「エイブル様。腹を決めて下さい。裏切りについては、受け止められないことも事実。ですが、やるべき事が残されています」
ゴウガの拳が地面にめり込んでいた。
やるべき事。
それがある限り、進まなければならない。
例え、味方が敵になったとしても。
「そうだね…。やるべき事を果たそう」
エイブルは、懐から1枚の札を取り出し掲げると、白煙の柱が上がる。
撤退の合図。
【|未来へ繋ぐ者達《テスタメント》】の基地を放棄するのだ。
「撤退か…。だけど、アンタらは逃がさないよ」
ヨルカは短剣に手を掛け、魔力を解き放つ。
紫の輝きを身に纏う。
エイブルは、全身に魔力を巡らせると、ヨルカは身構え、タキアは距離を取った。
見た事のない魔力。
最弱と呼ばれるエイブルが魔力を全身に巡らせたのだ。
警戒するのも当然ともいえる。
(何する気だ…)
ヨルカの知る限り、見たことがない呪文だ。
「ゴウガ!」
撤退するための呪文だと即座に判断した、タキアはいち早く、行動を起こしていた。
「逃がしません」
タキアの姿を横目にゴウガは、蹴りをタキアへ浴びせた。
「行ってくださいエイブル様!」
「くっ…!【ルーラ】ッ!!!」
「「!?」」
エイブルは、ゴウガを残し、空高く飛び去って行った。
「ちょっ…、そんなの聞いてないんだけど!」
ヨルカは、驚きを隠せなかった。
各地のルーラストーンは、撤退防止のために破壊している。
そのため、ルーラストーンでの移動は不可能になった。
それをエイブルは、【ルーラ】という呪文を発動させて逃げ仰せてしまった。
「私も見るのは初めてでした。まさか、【失われし呪文】を使う者がいるとは…」
タキアは、左腕を抑えながら、ヨルカの横に立つ。
「どしたの?」
「流石は、【豪傑】と謳われた人ですね。使い物にならなくなりました」
タキアの左腕は、ぷらーんとぶら下がっている状態だった。
ゴウガの繰り出した蹴りは、咄嗟に張った魔力防御を粉砕する程の威力だ。
現にタキアの左腕は粉砕されてしまった。
「へぇー強いんだ。面白そ♪」
ヨルカは舌なめずりをして、不敵な笑みを浮かべる。
強者を倒す事が、彼女の生き甲斐だ。
「お前達、2人が裏切り者とは、信じ難い。だが、敵であるなら我が拳で粉砕してくれる」
ゴウガは構えると、魔力を解放する。
凄まじい程の魔力は、地面に亀裂が入り、分厚い魔力が身を包む。
「ヨルカ、油断しては駄目ですよ。彼はアルミス様が来るまで、その身一つで、組織を支えた実力者の一人です」
「あんな筋肉ダルマに負けないって」
ヨルカは、フフンと鼻で笑う。
「は?」
瞬きをする間もなく、ヨルカの顔面にゴウガの繰り出した拳が炸裂する。
顔面が陥没する程、めり込み、その衝撃ですっ飛んで行った。
「覚悟しろッ!!!」
ゴウガは、拳を握る。
第二章~EPISODE18【誰かに】
【武装国家ベスル】の護衛は、帰郷途中、襲撃を受け、交戦状態に陥っていた。
「がはっ!」
護衛の一人が血飛沫と共に、地面に倒れ込む。
「ほう。精鋭の兵士を、意図も容易く倒すとは驚きだ」
残った護衛が、襲撃者に対して、関心の目を向ける。
「笑わせんなよ!俺にとっちゃあ、ザコだぜぃ?てめぇもあの世に送ってやるぜぃ?」
独特な口調で、護衛に対して剣をチラつかせる。
「ティン、用心なさい。只者ではないようですよ」
国王が告げると、ティンと呼ばれた護衛は、剣をゆっくりと引き抜く。
「陛下、お下がりを。すぐ終わらせます」
「すぐ終わらせるって?てめぇの命がか!?楽しみだぜぃ、臓物をぶちまける様をよぉ」
「おい、雑魚。弱い奴ほど、良く吠えるって自覚あるのか?」
「あ"?俺は雑魚って名前じゃねぇ。プルルスっつー名前があんだよ!」
「変な名前だな」
「んだとぉぉッ!俺らの仲間に大敗した、くそ雑魚集団がいきがってんじゃねぇよッ!」
ティンは、プルルスの言葉に反応し、剣に手を掛ける。
「俺は、【|黒不死鳥《ハルファス》】幹部なんだぜぇ?まぁ、殺される事を光栄に思うんだなぁ!」
「【|黒不死鳥《ハルファス》】?知らんが…良いだろう。俺達の国を襲った仲間に変わりはない。少し、本気で相手してやるよ」
ティンの全身に魔力が駆け巡る。
発せられた魔力に、思わずプルルスが身震いした。
膨大な魔力は、空気を振動させ、対峙する者に威圧感を与える程だ。
「震えてるぜ?」
「このクソ雑魚ガァッ!!!」
※
「あり…えねぇ…俺が手も足も出ねぇ…なんて…」
プルルスは、体に無数の傷を負い、今にも息絶えそうだった。
「その程度か?」
傷一つ負わず、プルルスを見下ろしていた。
ティンが見せた魔力の片鱗に対し、体をわなわなと震わせる。
プルルスは、最初から全力でティンを殺す気だった。
しかし、彼が思い描いた結末にはならず、敗北の一歩手前だ。
地べたを這いずり回るような思いをして。
プライドと尊厳を踏み躙られ。
幹部へとなるために、ありとあらゆるものを踏み台に犠牲にして来た。
その結果が、これだ。
彼は、怒りのあまり、体を震わせてしまう。
「こんな事…あってたまるかぁぁぁぁぁッ!」
プルルスは力を振り絞り、剣を振り回す。
怒りに任せた剣など、目を瞑っても当たりはしない。
「くそ…俺だって…俺だって…!」
プルルスの脳裏には、走馬灯のように、今までの出来事が流れる。
※
彼は幼き頃、両親の顔を知らず、貧民街で泥を啜って生きてきた。
しかし、親切心だけは失ってはならないと、それを誇りに生きて来たのだ。
道端にゴールドが入った袋を拾った時、ネコババする事はなく、詰所へと届けた。
だが、盗人と決め付けられ、激しい暴行を加えられた。
自分が貧乏だから、こうなっても仕方がないと思っていた。
途方に暮れている中、同じ境遇の少年と出会い、やがては親友と呼べるようになった。
しかし、その少年は王族の出身だからと、連れて行かれ、一人取り残されてしまう。
プルルスの心に、ある疑念が芽生える。
【何故、自分だけが、こんな目に遭うのか】
と。
世の中、どれだけ人に尽くしても、善良に生きたとしても、全てが不幸として返って来る。
【|黒不死鳥《ハルファス》】の一員となり、自身の力を誇示できた時は、最高だった。
今まで生きて来た自分の過去が嘘みたいに。
納得の行かない事が一つだけあった。
どれだけ地位が上がろうとも、いつまでも格下扱いだったのだ。
それに加え、ようやく手にした幹部という地位。
しかし、プルルスの後から入って来た実力者達は、あっさりと幹部へ昇格した。
納得の出来るものではなかった。
だからこそ、彼は地位を存在意義とした。
※
「ここで…くたばってたまるか…!」
プルルスの仮面が割れ、顔が明らかになる。
ティンは、少し言葉を失ったようだが、瞳からは決して負けないという覚悟のある目を感じる。
「お前を殺して…俺はぁぁぁぁッ!!!」
彼は最後の力を振り絞り、剣を振り上げた。
【認められたい】
と。
「そうか…」
ティンの剣は、プルルスの首元へ振り抜かれた。
(アウルム…)
彼は、コンビだったアウルムを何故か想った。
プルルスの落とされた首は、地面に転がり、辺りは静まり返る。
「安らかに眠れ」
ティンが剣を鞘に納めようとすると、突如として聞こえた声に振り向く。
「【大陸最強】のホープをも凌ぐ実力者と言われているだけの事はありますね」
そこに立っていたのは、少女だった。
「流石は、【武装国家ベスル】の若き国王とでも言いましょうか?」
「!?」
ティンが身構える。
「何故、その事を知っている…」
「知っていますとも。あの戦いで、軍が壊滅。貴方がいたら、結果は変わったでしょうに」
「ティン様!自分を盾にっ!」
国王に扮していた影武者は、剣を引き抜く。
ティンは、【武装国家ベスル】の若き国王である。
その実力は、他国にも知れ渡った。
武装国家ベスルが誇る騎士として。
若き国王であるというのは、国民にも伏せている。
武装国家ベスルの歴史において、若くして王になる事はない。
身分を伏せ、一人の騎士として、国を護って来た。
しかし、ティンが遠征のため、国を離れ、戻って来た時には、無数の屍が転がり、鎌を携える少女のみが、立っていた。
忘れもしない。
自分が招いた不甲斐なさ、消したい過去である。
王である事を、知る者は極わずか。
にも関わらず、この少女は知っている。
何者かは知らないが、倒すべき敵だと判断する。
「こいつらの仲間なら、容赦はしない…!」
「あまり…、手を患わせないで下さいね」
少女は静かに、右手に魔力を集中させた。
第二章~EPISODE17【迫る悪意】
【未来へ繋ぐ者達《テスタメント》】基地内では、混乱が生じていた。
「どういう事だ、エイブル!」
騒ぎを聞き付けた【大陸最強】ホープは、頭を悩ませているエイブルへ確認する。
「分からない…。僕達の仲間が次々と襲われている。それに、【|未来へ繋ぐ者達《テスタメント》】と同盟を結んだ国々も壊滅させられている」
「さっきから連絡を取っているけど、アルバ王国に繋がらない。それに、ルーラストーンも機能していない…」
ルーラストーンは、瞬時にその場所へ移動する事が出来る結晶なのだが、世界に流通はしておらず、テスト段階として、配備されている国は数カ国しかない。
「報告します!」
伝令が司令室へと飛び込んで来る。
「ヘステル共和国から、応援要請!何者かの襲撃を受けているようです!」
「くそ!」
「ホープっ!」
エイブルの制止を振り切り、一人、救援に向かった。
ホープ達が身を潜めている国からは、馬で3時間は掛かる。
「アルバ王国や他の同盟国にも急いで知らせるんだ」
※
東に位置する辺境、ヘステル荒野ーー。
「先を急がねば…」
「ホープ様、偵察班との連絡が途絶えているとの報告アリです」
その斜め後ろから、タキアが声を掛ける。
「タキア、各地の仲間へ連絡しろ…手遅れになるぞっ!」
「了解です」
タキアは、ホープが馬を走らせた方向から外れ、指示通り伝達へと向かった。
(くそ!同盟国と、連絡が途絶するとは…。敵は既に動いていたのか!)
ホープは馬を走らせ、ヘステル共和国の国境へ近付いた途端、辺りには既に交戦したであろう痕跡が残っている。
そこから、数百メートル進んだ先には、ヘステル共和国の兵士達の屍が広がっていた。
見るも無惨に、蹂躙された後だった。
「誰がこんな事を…!!」
そこへ、異様な魔力を帯びた、仮面を着けた女ウェディが姿を現した。
「誰かと思えば、【大陸最強】のホープじゃないか」
ケタケタと笑みを浮かべている。
「貴様がやったのか?」
ホープの問いに、女ウェディは、ニヤリと微笑む。
「お前の組織の同盟国と言うのだから、期待はしたが…、拍子抜けだった。【大陸最強】も案外、大した事ないのだろう?」
「やってみるといい…!」
ホープは剣を引き抜き構え、抑えていた魔力を解き放つ。
「【|黒不死鳥《ハルファス》】幹部が一人、ネグロ。いざ…」
ネグロと名乗った女ウェディは、ゆらりと槍を構えてみせた。
※
「がはっ…」
ホープは、ネグロと名乗ったウェディに苦戦を強いられる。
「期待外れだな。ここまで弱いとはな」
ネグロは構えを取ったまま、その場を動かない。
「まだだッ!!!」
ホープが渾身の力を込めて、剣を振り下ろすと、ネグロの体をすり抜ける。
その瞬間、視覚外から、鋭利な刃物で斬りつけられたかのような裂傷を受けた。
「この技を見切れないとはな」
【水流の陣】。
受けを前提とし、確実な反撃を繰り出せる構えである。
攻撃を当たったと錯覚させ、視覚外から攻撃を受けたと誤認させる事が出来る。
ホープが苦戦しているのは、破る手段を見付けられていないからだ。
物理攻撃を全くと言っていい程、受け付けてくれない。
「ガッカリだ」
ネグロから放たれた一閃。
「何!?」
「こうすれば…貴様も動けないだろう…」
ホープは、ネグロの攻撃を避ける事はせず、堂々と受け止めた。
しかし、ネグロの槍はホープの腹を貫いている。
それを自らの肉体で止めたのだ。
【大陸最強】としてはなく、自らの覚悟を見せた。
「正気か…!」
「正気じゃないだろうな。私にも意地ってもんがある…。貴様はここで終わりだ!」
ホープの剣に魔力が収束していく。
「超…はやぶさ斬りッッ!!!」
血飛沫を散らし、渾身の一撃を放つ。
ネグロは地面に背中から落下し、転がった。
「侮ったか…」
ネグロは、血を吐き出し、ふらふらと立ち上がる。
雑魚と認定していた、ホープが、底力を見せるとは思いもしなかった。
決して喰らうはずのない攻撃を受けた事に対して、何とか冷静さを保つ。
「くっ…!」
ホープは槍を引き抜くと、腹から溢れ出た血が血溜まりを作り、足に力が入らなくなり、地面に倒れてしまう。
「ちっ…時間か…。今日は退いてやる。次会う時が貴様の最後だ」
そう吐き捨て、姿を消した。
ホープは現実を突き付けられる。
足元にも及ばない。
と。
敵の実力は、自身の力ではどうにもならない程の開きがあると痛感せざるを得ない。
「まだ…やるべき事は…ある…!」
第二章〜EPISODE16【すれ違い】
フィルゼンが、ナルゼと出会う一年くらい前の事だった。
フィルゼンには、親友と呼べるたった一人の友達がいた。
「じゃじゃーん!今日はご馳走!」
「ご馳走?」
フィルゼンが、ゴクリと喉を鳴らす。
「食べかけのハンバーガー!」
金髪の少女、ネイはゴミ捨て場にあったハンバーガーを高々と掲げる。
ネイが唯一、心を許せる初めての友達だ。
一日を生きる2人にとっては、ご馳走と呼べる、原型を留めた食品なのだ。
苦楽を共にし、フィルゼンはネイと過ごす日々が楽しかった。
「ねぇ、フィルゼン!いつか、2人で旅に出よう!」
「旅?」
「うん!世界は広いんだ。色んな国を見て、色んな人と出会って!きっと楽しいよ!」
「そうだね。ネイとなら楽しそう」
しかし、平和な日々は長くは続かなかった。
※
「こほっ…こほ…」
ネイが病に侵されたのだ。
「大丈夫…?凄い熱…」
フィルゼンは、布を水で濡らして、ネイの額に置く。
「直ぐに…良くなるよ…!」
ネイは強がって見せるが、一向に回復する見込みはなかった。
金さえあれば、然るべき治療を受け、病気は完治するだろう。
この国では、金が全て。
それに貧民街では、常に劣悪な環境だ。
路上で野垂れ死ぬのは、当たり前。
フィルゼンは、親友であるネイを見捨てる事は出来なかった。
「病院に行こう…」
フィルゼンは決心する。
ネイを救うには、病院しかない。
「でも…私らじゃ診てくれないよ…」
フィルゼンは、ネイの手を握り締める。
「2人で旅に出るんだ。ここで死んじゃったら、夢で終わっちゃう」
「そっか…そうだよね。貯金、またしないとだね」
ネイは病院に行く事を決意した。
2人で貯めた10万Gを手に、中心街にある病院へと向かった。
道行く人達は、フィルゼン達を汚物でも見るような視線を向ける。
実際、貧民街でお風呂に入る概念なんて存在しないのだから当然だ。
そんな事を気にしている場合ではない、ネイを早く病院に連れて行かなければならない。
病院へと辿り着いた2人は、扉を開け、頼み込んだ。
「お願い!友達が死にそうなんだ!」
地面に頭を擦り付けながら、頼み込む。
医者が駆け寄って来ると、思いがけない言葉が返ってきた。
「どこのガキか知らないけど、ここは病院だよ?そんな汚らしい格好で来る人達を診る訳にはいかないよ」
「お金ならここにある!」
フィルゼンは、10万Gを渡すと、医者は苦しそうな表情を浮かべているネイを見る。
「あー、うん。助からないね」
「そんな…ちゃんと診てよ!」
「うるさいな。ちゃんと見ただろう?」
「じゃあ…お金は返して…」
「受診料って事で貰っておくよ」
「ふざける…がはっ!」
フィルゼンは、医者に蹴り飛ばされてしまった。
見るからに法外な治療費に、子供への暴行。
許されるものではない。
しかし、誰もが見て見ぬふり。
というよりは、当然なのだ。
貧民街出身となれば、人権なぞ存在しない。
ゴミ同然の扱いを受けるのだ。
「この薄汚いガキが!ペッ」
医者は唾を吐き掛け、病院へと入って行った。
「…ネイ?」
地面に転がったネイに駆け寄ると、息をしていなかった。
「…そんな…」
信じられなかった。
助かるはずだと思い、連れて来た病院では、診療さえ受けられず。
挙げ句の果てには、親友であるネイを死なせてしまった。
理解出来ない現実に、打ちひしがれていると、
爆発音が鳴り響き、魔物達が国を襲った。
混乱する街中で、フィルゼンはネイを担ごうとするが、市民達の逃げ惑う波に呑み込まれ、見失ってしまう。
命からがら生き延び、戻って来た時には、ネイの亡骸はどこかへ消えてしまっていた。
フィルゼンは、後悔した。
二度と大切な人を作らないと。
失うのが辛いのなら、一人でいい。
そう、強く誓った。
※
感動の再会とはいかないが、フィルゼンはネイが生きていた事に安堵していた。
死んだはずの親友が目の前にいるのだから。
「色々、あったけど。私はこうして生きている。フィルゼン、私達と一緒に世界を変えようよ」
ネイはフィルゼンに手を差し伸べるが、フィルゼンは、手を取る事はなかった。
「私は…ネイ達がやろうとしてる事を正しいとは思えない。私にそれを教えてくれた人がいる。世界を変えるためには、誰かがやらなくちゃいけない」
「……」
「けど…そんなやり方じゃ、憎しみだけが残る。いつまでも変わらない…!」
「フィルゼン…」
ネイは冷たい目を向けた。
「がっかりだよ」
深い溜め息を零し、軽蔑するような眼差しだった。
殺気さえ感じる。
憎悪に満ちた眼。
フィルゼンは、気圧されてしまう。
「私が生死をさ迷って地獄のような日々を暮らしてたって言うのに…。フィルゼンは、ぬくぬくとした環境で育って、本当の地獄を知らないから、そんな綺麗事を吐き散らす」
「ネイ…」
「これだけは覚えておいて、強者が君臨する限り、弱者は虐げられる」
「……」
「これで分かったよ、フィルゼン。貴女は倒すべき敵だって。まぁ、私の目的は果たせたから、今日は見逃してあげるよ」
「?」
「ふっ。アルバ王国は、今日で終わりだ」
「なっ…」
「足止めは出来た。またね、フィルゼン」
「ネイ!」
ネイ達は、姿を消した。
「早く戻らないと!」
フィルゼンは、アルバ王国へと駆け出した。
第二章〜EPISODE15【再会】
ーー【フォレスト・ガーデン】。
青々しく広がる森林には、あらゆる部族が精霊達が共存している。
そこへ、紫の髪色に赤き角を生やした少年が設置されているルーラストーンを眺めていた。
「誰でも簡単に転移出来る装置ですか…。これだから人間は…」
軽く溜め息を零し、優しくルーラストーンに触れる。
すると、掌が紫色の輝きを帯び、ルーラストーンは内側から破裂するように粉々に砕け散った。
「これでよし。早く行かないと」
少年は、森へ足を踏み入れると、少し進んだ先へぶつぶつと文句を言う少女がいた。
「遅い…遅い…遅い遅い…」
「遅れて…」
「遅いッ!!!」
少女は言葉を遮るように、頬を膨らませて、怒鳴る。
「アタシを30分も待たせるなッ!…っていうか、1秒も待たせるなッ!!!」
「そんなに怒らなくてもいいじゃないか。デヴォラ。可愛い顔が台無しだよ」
「うっさいッ!!うっさいッッッッ!!!」
デヴォラと呼ばれた少女は喚き散らす。
こうなれば、言う事は聞かない。
「また喧嘩してるのか」
黒き鎧に身を包み、大剣を背負う騎士が2人の前に姿を現す。
「だってデヴォルが!」
「う、うーん…」
デヴォルと呼ばれた少年ら、困ったと言わんばかりの表情を浮かべる。
待ち合わせに遅れた事に非はあるものの、ここまで言われると流石に堪えてしまう。
2人は双子の兄妹で、仲睦まじく、微笑ましいのだが、こうも喧嘩ばかりでは、見る方にとっては毒だ。
「そう言えば、黒。【フォレスト・ガーデン】の族長は仕留めたのかい?」
デヴォルに黒と呼ばれた黒騎士は、肩を竦める。
「仕留め損ねた」
「もしかして、僕らに合流したという事は」
「そうだ。【フォレスト・ガーデン】に逃げられた。既に警戒されているだろうな」
黒がそう言った矢先。
3人は、突如として感じた気配に意識を向ける。
襲撃の話を受け、黒達を仕留めようと、【フォレスト・ガーデン】の部族達が展開しているようだ。
「数は、ざっと30人くらいかな」
デヴォルは、感じた魔力の数を伝える。
「丁度良いわね。むしゃくしゃしてるしぃ!」
デヴォラが殺気を剥き出しにする。
「さて。やるか」
【|黒不死鳥《ハルファス》】幹部、トレートルの部下の実力。
※
ーー【フォレスト・ガーデン】
転移したフィルゼンは、辺りへの警戒を怠らず、剣に手を掛けながら、慎重に進んで行く。
奥へ進むにつれて、起きている惨状が明らかになる。
血の臭いが濃くなり、【フォレスト・ガーデン】の部族達の死体が辺りを埋め尽くす程に転がっていた。
【フォレスト・ガーデン】の噂は、フィルゼンでも聞いた事がある。
かつては、あらゆる国々で戦闘能力の高さを買われ、傭兵として名を馳せた。
つまり、戦闘のスペシャリスト。
それを意図も容易く、壊滅させている敵の存在は、想定してるよりも、強大なものだ。
「思ったよりも早く来たじゃないか」
気配を捉え、フィルゼンは剣を引き抜き、構える。
「あんたらは、何者だ…!何故こんな事を…」
「私か?私の名は黒。【|黒不死鳥《ハルファス》】幹部、トレートル様の配下だ」
「【|黒不死鳥《ハルファス》】?」
聞いた事がない名だった。
「あのプクリポに言われて、来たようだが。手遅れだ。【フォレスト・ガーデン】は、壊滅させた。しかし、族長には逃げられたようだが…」
黒は、デヴォル、デヴォラとともに、フィルゼンの到着を待っていた。
「あんたらの目的は何だ?」
フィルゼンが尋ねると、黒は瞳をじっと見つめた後、鼻で笑い飛ばす。
「目的…か。世界を変えるためには、必要な事と言うべきか?」
「ふざけるな!世界は、平和になった。それを脅かしておいて、変えるためだと?」
「平和…か。なら、貴様らがやって来た事は本当に正しい事だと言えるのか?」
黒は、低い声で言い放つ。
その言葉には、憎しみが篭っていた。
「弱者を虐げ、強者がふんぞり返る世界が本当に平和だと?笑わせるな」
「違う…誰だって弱者だ。強者なんかじゃない。だからこそ、手を取り合って平和を築いて来たんだ」
「その希望に満ちた目。過去から目を背け、平和ボケした感じか…。あの頃の方がまだ良い目をしていたけどね」
「…え?」
フィルゼンの鼓動が高鳴る。
敵である黒が、【あの頃】と言った事に動揺を見せる。
まるで、昔の自分を知っているかのような口振りだからだ。
すると、黒は兜に手を掛けて、素顔を明らかにした。
「…嘘だ…こんな…事…」
フィルゼンは、驚きのあまり、後ずさり、息が詰まりそうになる。
「また…こうして会えるなんてね。フィルゼン」
「ネイ…!」
第二章~EPISODE14【出立!ゼバン騎士団】
ーー大国ゼバン城。
メイド服姿の女は、キョロキョロと誰かを捜している素振りを見せる。
すると、目の前にヘルムを被った騎士が、姿を現した。
「うわ!?びっくりしたっすよ。どこに行ってたんすか?」
メイドが、騎士に尋ねると、小首を傾げる。
「アヴニール。時折、居なくなるの何とかならいないすか?仮にも、姫様の護衛っすよ?」
フィルゼン達を襲撃した、大国ゼバン国王レストの護衛、アヴニールはとぼけたように、肩を竦める。
何を言っても無駄だと、判断したメイドは、溜め息を零す。
「相変わらず、無口っすね…。どっかで、ベラベラ喋ってないんすか?」
「……」
騎士は首を横に振り、その場から立ち去る。
大国ゼバン国王レストでさえ、アヴニールの声を聞いた事がない、謎の人物だ。
「変な奴っすね…」
すると。
「あー、イリス!ここに居たのね!」
「姫様…。あり?何か約束してたっすか?」
イリスと呼ばれたメイドは、頭をポリポリとかく。
※
大国ゼバン城、庭園において。
【戦姫】ストロットが小首を傾げて、思い悩んでいた。
「ねぇ、イリス。何で野菜が育たないのかしら?」
イリスと呼ばれたメイド服の女は、苦笑いを浮かべた。
「そんなこと言われてもっすねー、姫様の育て方が悪いんじゃないすか?」
大国ゼバン国王の一人娘であり、【戦姫】の異名を持つ実力者である。
武や才に秀でている彼女にも悩みがある。
それは、
「第一…、何でキャベツからニンジンが生えてんすか?しかも、一個って…」
「わたしは、普通に種を撒いただけよ?」
(姫様の事っすからね。どうせ、一緒に撒いたんすよね)
イリスは、頭の中で自己解決する。
「イリスの方は、どうなの?」
ストロットが一緒に育てているイリスに尋ねる。
「私っすか?愚問っすよ。完璧に仕上がってるはずっすよ〜」
イリスがストロットと自分の畑に案内すると、絶叫にも近い雄叫びを上げる。
「なんじゃこりゃァァァァァ!?」
畑のうねりをはみ出し、ニンジンが雑草のように生い茂っている。
イリスは、頭の中で冷静に分析した。
ニンジンが完璧に育つために、ありとあらゆる工夫を凝らしたはず。
それが、目の前に広がる惨状を理解出来るものか。
「小ぶりだったから、肥料をあげたのよ?沢山育って良かったじゃない」
煽りにも聞こえる発言に、イリスはその言葉を腹に押し込めると、騎士の一人がイリスの元へ駆け込んで来る。
「何事っすか?」
「軍団長!各国で、何者かの襲撃事件が多発、我らも出立、救援に向かえとの事です」
騎士が報告すると、イリスは頷く。
「了解っす。各員に完全武装、向かうっすよ」
「はっ!」
イリスは、ストロットの世話係兼大国ゼバンが誇る騎士団団長でもある。
すると、ストロットがイリスに顔を向ける。
「付いてくる気すか?」
「当然」
「…分かったっすよ」
第二章~EPISODE13【差し迫る危機】
大国ゼバン近郊。
「アルバ王国ですか。中々、面白そうな人達でしたね」
フォレがクスクスっとと笑みを零すと、2人の側近従者は物珍しそうな表情を浮かべた。
「族長が笑うって、マジか?」
側近従者のプクリポ、リバ。
「自分は久し振りに見たかも…」
側近従者のドワーフ、ウズ。
族長であるフォレは、表情筋が硬いのか、滅多な事で笑う事はない。
だから、珍しいのだ。
「…にしてもだ。あの【不死鳥】だっけ?多分だけど俺らより、弱っちくね?大した魔力量でもないしよ〜」
リバは、フィルゼンに魔力感知を掛けたが、凡人と何ら大差ない魔力量だったため、拍子抜けだった。
【大陸最強】のホープさえも凌ぐと言われた実力者と噂されていたが、噂に尾ヒレが付いただけなのだろうと思わざるを得ない。
「リバ。そこが、貴方の悪い癖ですよ。表面だけの情報だけでは、足元を掬われてしまいます。精霊達は、絶え間なく、フィルゼンに反応していましたから」
「本当かよ〜」
「自分の精霊達は、もう一人。【アルバ王国騎士団】団長に怯えていたんだけど…。あの人、何者?見た感じだと、そんなに強く無さそうだったけど…」
精霊達が怯える事は珍しい。
邪悪な物でなければ、反応する訳がない。
なら、ナルゼが邪悪な魔力を秘めているのかと言われれば、本人からは全くと言っていいほど感じないのだ。
「そういや、先代とアルバ王国って、仲が良かったんだろ?なんか聞いてないのかよ」
「父上から何とも…」
「ちぇっ」
フォレの表情が曇った気がした。
すると…。
リバ、ウズの2人は、禍々しい魔力を感じ、フォレを護るようにして身構える。
そこには、黒き鎧を身に纏う騎士の姿があった。
「【フォレスト・ガーデン】族長、フォレだな。大人しく来てもらおうか」
黒き鎧に身を包み、大剣を背負った騎士がそう命じる。
「断ったら?」
フォレが尋ねると、騎士は鼻で笑う。
「貴様の命は保証するが、そこの2人には死んでもらう」
「上等だぜ」
「嘗められたものだね」
2人は精霊達の加護とともに、魔力を解放する。
※
「ふぅ…。早く合流しないと…」
フィルゼンは、ナルゼ達を追い掛けようとした時だった。
「ふ…、【不死鳥】…」
聞こえた声の方に目を向けると、フォレの護衛の一人、リバだった。
しかも、血塗れだ。
「何があった!?」
「黒い鎧を着けた奴に…襲わ…はぁ…はぁ…はぁ…。恥を忍んで…頼み…が…ある…【フォレストガーデン】を…護って…く…れ…」
リバは、懐から翼で象られた転移アイテムをフィルゼンに託し、そのまま力尽きた。
「何だ…?この嫌な感じは…」
フィルゼンは、ナルゼ達にフリーデンの護衛を任せ、リバの遺言の通り、【フォレストガーデン】へと転移した。