第二章~EPISODE18【誰かに】
【武装国家ベスル】の護衛は、帰郷途中、襲撃を受け、交戦状態に陥っていた。
「がはっ!」
護衛の一人が血飛沫と共に、地面に倒れ込む。
「ほう。精鋭の兵士を、意図も容易く倒すとは驚きだ」
残った護衛が、襲撃者に対して、関心の目を向ける。
「笑わせんなよ!俺にとっちゃあ、ザコだぜぃ?てめぇもあの世に送ってやるぜぃ?」
独特な口調で、護衛に対して剣をチラつかせる。
「ティン、用心なさい。只者ではないようですよ」
国王が告げると、ティンと呼ばれた護衛は、剣をゆっくりと引き抜く。
「陛下、お下がりを。すぐ終わらせます」
「すぐ終わらせるって?てめぇの命がか!?楽しみだぜぃ、臓物をぶちまける様をよぉ」
「おい、雑魚。弱い奴ほど、良く吠えるって自覚あるのか?」
「あ"?俺は雑魚って名前じゃねぇ。プルルスっつー名前があんだよ!」
「変な名前だな」
「んだとぉぉッ!俺らの仲間に大敗した、くそ雑魚集団がいきがってんじゃねぇよッ!」
ティンは、プルルスの言葉に反応し、剣に手を掛ける。
「俺は、【|黒不死鳥《ハルファス》】幹部なんだぜぇ?まぁ、殺される事を光栄に思うんだなぁ!」
「【|黒不死鳥《ハルファス》】?知らんが…良いだろう。俺達の国を襲った仲間に変わりはない。少し、本気で相手してやるよ」
ティンの全身に魔力が駆け巡る。
発せられた魔力に、思わずプルルスが身震いした。
膨大な魔力は、空気を振動させ、対峙する者に威圧感を与える程だ。
「震えてるぜ?」
「このクソ雑魚ガァッ!!!」
※
「あり…えねぇ…俺が手も足も出ねぇ…なんて…」
プルルスは、体に無数の傷を負い、今にも息絶えそうだった。
「その程度か?」
傷一つ負わず、プルルスを見下ろしていた。
ティンが見せた魔力の片鱗に対し、体をわなわなと震わせる。
プルルスは、最初から全力でティンを殺す気だった。
しかし、彼が思い描いた結末にはならず、敗北の一歩手前だ。
地べたを這いずり回るような思いをして。
プライドと尊厳を踏み躙られ。
幹部へとなるために、ありとあらゆるものを踏み台に犠牲にして来た。
その結果が、これだ。
彼は、怒りのあまり、体を震わせてしまう。
「こんな事…あってたまるかぁぁぁぁぁッ!」
プルルスは力を振り絞り、剣を振り回す。
怒りに任せた剣など、目を瞑っても当たりはしない。
「くそ…俺だって…俺だって…!」
プルルスの脳裏には、走馬灯のように、今までの出来事が流れる。
※
彼は幼き頃、両親の顔を知らず、貧民街で泥を啜って生きてきた。
しかし、親切心だけは失ってはならないと、それを誇りに生きて来たのだ。
道端にゴールドが入った袋を拾った時、ネコババする事はなく、詰所へと届けた。
だが、盗人と決め付けられ、激しい暴行を加えられた。
自分が貧乏だから、こうなっても仕方がないと思っていた。
途方に暮れている中、同じ境遇の少年と出会い、やがては親友と呼べるようになった。
しかし、その少年は王族の出身だからと、連れて行かれ、一人取り残されてしまう。
プルルスの心に、ある疑念が芽生える。
【何故、自分だけが、こんな目に遭うのか】
と。
世の中、どれだけ人に尽くしても、善良に生きたとしても、全てが不幸として返って来る。
【|黒不死鳥《ハルファス》】の一員となり、自身の力を誇示できた時は、最高だった。
今まで生きて来た自分の過去が嘘みたいに。
納得の行かない事が一つだけあった。
どれだけ地位が上がろうとも、いつまでも格下扱いだったのだ。
それに加え、ようやく手にした幹部という地位。
しかし、プルルスの後から入って来た実力者達は、あっさりと幹部へ昇格した。
納得の出来るものではなかった。
だからこそ、彼は地位を存在意義とした。
※
「ここで…くたばってたまるか…!」
プルルスの仮面が割れ、顔が明らかになる。
ティンは、少し言葉を失ったようだが、瞳からは決して負けないという覚悟のある目を感じる。
「お前を殺して…俺はぁぁぁぁッ!!!」
彼は最後の力を振り絞り、剣を振り上げた。
【認められたい】
と。
「そうか…」
ティンの剣は、プルルスの首元へ振り抜かれた。
(アウルム…)
彼は、コンビだったアウルムを何故か想った。
プルルスの落とされた首は、地面に転がり、辺りは静まり返る。
「安らかに眠れ」
ティンが剣を鞘に納めようとすると、突如として聞こえた声に振り向く。
「【大陸最強】のホープをも凌ぐ実力者と言われているだけの事はありますね」
そこに立っていたのは、少女だった。
「流石は、【武装国家ベスル】の若き国王とでも言いましょうか?」
「!?」
ティンが身構える。
「何故、その事を知っている…」
「知っていますとも。あの戦いで、軍が壊滅。貴方がいたら、結果は変わったでしょうに」
「ティン様!自分を盾にっ!」
国王に扮していた影武者は、剣を引き抜く。
ティンは、【武装国家ベスル】の若き国王である。
その実力は、他国にも知れ渡った。
武装国家ベスルが誇る騎士として。
若き国王であるというのは、国民にも伏せている。
武装国家ベスルの歴史において、若くして王になる事はない。
身分を伏せ、一人の騎士として、国を護って来た。
しかし、ティンが遠征のため、国を離れ、戻って来た時には、無数の屍が転がり、鎌を携える少女のみが、立っていた。
忘れもしない。
自分が招いた不甲斐なさ、消したい過去である。
王である事を、知る者は極わずか。
にも関わらず、この少女は知っている。
何者かは知らないが、倒すべき敵だと判断する。
「こいつらの仲間なら、容赦はしない…!」
「あまり…、手を患わせないで下さいね」
少女は静かに、右手に魔力を集中させた。