第二章~EPISODE28【偽り】

アルドが見守る中、シルワ、ライゼ、サイシンの3人とトレートルの戦いの火蓋が切って落とされた。

「行っくよ〜2人とも!」

シルワの合図でライゼは、シルワの真横に立ち、サイシンは2人の後ろへと立つ。

トレートルは、首の骨をコキリと鳴らして、ゆっくりと3人へ向かって歩いて行く。

「すぅーーーー…んッ!」

シルワは、一呼吸で弓を引き、息を留め、魔力を練り上げる。

練り上げた魔力は、右手を通じて矢へと流れ込み、黒き輝きを纏う。

「ダークネスショットッ!!」

とくぎである【ダークネスショット】を放つ。

唸りを上げて、高速で放たれた一矢。

洗練された一撃とも言える。

トレートルは、左手に魔力を集中させ、【ダークネスショット】を避けること無く、素手で掴み取ってみせた。

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シルワは、少し驚いてしまう。

自身が保有するとくぎの中でも得意な【ダークネスショット】を意図も容易く防がれるとは思ってもいなかった。

やはり、相当な実力者であると再認識する。

「うおおおおぉッ!」

サイシンは、斧を担ぎながら、突進して来る。

「正面からとは…。吹き飛ばしてあげるよ」

トレートルは、左手に魔力を巡らせ、呪文を発動させようとしたが、直ぐに防御へと移行した。

ピオリムッ!」

ライゼが高速化の呪文である【ピオリム】を発動させると、突進していたサイシンは急加速。

体当たりをトレートルへとお見舞いする。

弾き飛ばされたトレートルは、宙へと舞ってしまった。

「「バギクロスッ!!」」

息つく間も与えず、シルワとライゼは詠唱。

バギクロス】を同時に発動させ、竜巻を起こす。

放り出されたトレートルは、切り刻まれる。

3人だからこそ出来る連携だ。

まともに受けたトレートルにとっては、ひとたまりもないだろう。

すると、ライゼは、【バギクロス】を右手で維持させたまま、左手を切り刻まれているトレートルへと向けた。

「【メラゾーマ】!」

左手からは、【メラゾーマ】が放出され、竜巻は赤みを帯びて、爆煙が吹き荒れた。

他の呪文を発動させたまま、他の呪文を発動させる事は、普通であれば不可能だ。

しかし、ライゼのとくぎである、【呪文混合】は、他の呪文を発動させたままでも他の呪文の発動を可能にする。

誰でも出来るものではなく、魔力や呪文に精通し、ライゼが開花させた【固有スキル】だからこそ実現出来る。

【固有スキル】は、誰でも開花する事は可能だ。

自身の力で目覚める者、誰かから継承する者。

様々ではあるが、易々と開花する事はない。

空中からトレートルが落下し、地面にめり込む。

(凄い…流石、アルバ王国騎士団の精鋭。あいつも、タダでは済まないな)

アルドは、息を呑み、この3人が味方で良かったと心から思った。

「さて、一人は片付けた。次は、君の番だよ?」

シルワがヘレスに指を差すと、戦うどころか、心配する素振りも見せず、地面に座り込んだ。

「なら、トレートルを倒してからにするんだな」

「だから、片付け…」

シルワ達は、直ぐに身構えた。

地面にめり込んだ、トレートルが顔を覗かせていた。

「馬鹿な…。副団長の体当たりに【バギクロス】、【メラゾーマ】を受けて立ち上がるなんて…」

ライゼの言う通りだ。

誰が見ても、華麗に決まった連携技。

それを受けてなお、立ち上がるとは思いもしなかった。

「いやー、ビックリしたよ。これが本当の戦いだったら死んでたかも」

体を動かしながら、服の埃を払う。

「本当の戦いだって?」

シルワがトレートルが発した言葉に反応をみせると、トレートルは頷く。

「そうだよー。こんなのは、戦いなんかじゃない。遊びなんだよ。強いて言うなら、準備運動にはなったかな」

トレートルは、ほとんどダメージを受けておらず、3人を相手にして、まだまだ余力を見せていた。

「ねぇ?副団長さん」

トレートルが肩を竦めながら、サイシンへと視線を向けると、体当たりしたサイシンの左肩の鎧が砕け散った。

「なんて、魔力防御してやがる。あの衝撃を受けたのは、むしろ俺だったか…」

サイシンは、魔力を身にまとい、トレートルへと体当たり。

その体当たりは、岩をも粉砕する程の威力だったはずだ。

トレートルは、それさえも上回る魔力防御を展開した事になる。

「次はこっちから、行くよ」

トレートルは、両手に魔力を集中させる。

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「【かまいたち】」

トレートルが繰り出して来たのは、魔力を殆ど使わないとくぎ、【かまいたち】だった。

ーーしかし。

トレートルが【かまいたち】を繰り出すと、風圧が地面を抉りながら飛んで来たのだった。

シルワ達は、咄嗟に回避するが、凄まじい程の爆風が吹き荒れた。

アルドは、衝撃に耐えきれず、吹き飛ばされ、壁に激突する。

「【かまいたち】で、この威力かよ…」

アルドは、痛感してしまう。

実力差があり過ぎると。

かまいたち】で、地面を抉る程の威力となれば、トレートルが保有している魔力量が凄まじいことになる。

回避に成功した3人は、体勢を整えると、トレートルを見失ってしまう。

「消えた…?」

シルワが360度に視線を向けるが、トレートルの姿はない。

「ライゼッ!下だッッ避けろッ!!!」

いち早く気付いたサイシンがライゼへ向かって叫ぶ。

しかし、一歩遅かった。

地面の中からトレートルが飛び出し、ライゼの前へと出現する。

「!?」

顔面を鷲掴みに、トレートルは、全力でライゼを地面に叩き付ける。

魔力防御が間に合わず、後頭部から地面に落下。

その衝撃は、地を割った。

「貴様ッ!!!」

サイシンは、斧を振り上げ、ライゼを救出しようと試みるが、トレートルは、何の躊躇いもなく、ライゼを盾にする。

仲間を斬るわけにはいかず、攻撃の手を止めてしまった。

トレートルは、左脚を振り抜く。

サイシンは、咄嗟に自身の【固有スキル】である【鉄壁防御】を発動させた。

このとくぎは、凝縮させた魔力を身に纏い、防御にも攻撃にも応用する事が可能だ。

このまま、トレートルの左脚がサイシンに触れるのであれば、粉砕するのは、トレートル自身だ。

ボキッ。

鈍い音が全身に広がる。

炸裂した左脚は、サイシンの右腕を木の枝を折るように容易く、へし折ってしまった。

「ぐっ……あああッ」

斧を落とし、右腕を抑えて、地面に蹲る。

「有り得ない…!魔力を纏っていたからと言って、副団長の防御を破る事なんて不可能のはず…っ!!」

シルワの言う通り、アルバ王国騎士団達全員が見ても、同じ反応を示すはずだ。

誰もが破った事のない、鉄壁の防御。

易々と破られる訳がない。

「簡単な事さ〜。魔力の扱い方も使い手次第だ。君らの中では、このオーガが強いとしよう。だが、俺達にとっては雑魚に過ぎないという事だ」

「な…ッ嘗めるなよ…アルバ王国騎士団を…ッ!」

折れた腕を抑えつつ、サイシンは意地で立ち上がってみせた。

「立ち上がったのは、褒めてやる。だが、それでも俺には勝てないな」

トレートルは、首を右に傾けて、無防備に攻撃箇所を晒す。

「何の真似だ…!」

「実力差をはっきりさせようと思ってね。さぁ、自由に攻撃するといい」

「どこまでも嘗めた真似を…!!!」

サイシンは、折れた腕に構わず、自身の魔力全てを解放し、斧へと魔力を集中させる。

「おおおおおおおおおッ!!!」

斧は、輝きを身に纏い、空気が振動する程、膨大な魔力が集中している。

おそらく、触れたものは、塵と化すだろう。

「死んで後悔しろッ!!!鉄甲斬ッ!!!」

サイシンは、宙へと飛び上がり、体を高速回転させたまま、その威力を維持し、トレートルの首目掛けて振り下ろした。

折れた腕でも、人を一人葬るには、十分過ぎる程の威力で、辺りを簡単に吹き飛ばしてしまうだろう。

ーーしかし。

サイシン斧は、トレートルの首へと振り下ろされたはずだった。

サイシンは、横目で何かを捉える。

それが、自身の振り下ろした斧であると、理解するのに、時間は掛からなかった。

目の前に、受け入れ難い事実がある。

トレートルは、無傷で、自身の振り下ろした斧が砕け散ったという事実。

そして、認めたくない事実でもある。

強いなんてもんじゃない。

正真正銘の化け物、規格外の強さという事だ。

「この程度か。じゃ、バイバイ♪」

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トレートルの中指がコツンと、サイシンの頭へと触れた。

空間が歪んたように見えたが、そうじゃない。

サイシンの頭が歪んだのだ。

ボコッと腫れ上がったと思うと頭が縮み、その繰り返しの末、跡形も残さず爆散してしまった。

ただ触れたのではない、トレートル自身に残された魔力を中指に凝縮させ、サイシンの頭へ流し込んだ。

魔力が尽きたサイシンに防ぐ術は、残されておらず、【死】という結末を迎えただけのこと。

「言葉を返すよ。残ったのは、お前だけだ。エルフ」

シルワは、後ずさりながらも、全身に魔力を巡らせた。

「これだけの実力差。まだやるかい?」

「襲撃者風情が…調子に乗るなァァァッ!!!」

シルワは、【魔力解放】を発動した。

激昂し、トレートルへと殴り掛かった。

魔力で覆われた拳は、トレートルの顔面へと炸裂し、両手両足を駆使した連撃を浴びせていく。

「2人を倒して、魔力が尽きかけのお前に、わたしが負けるかッ!!!」

3人は、余力をまだまだ残していた。

しかし、魔力が尽きかけのトレートルに対し、2人は命を落とした。

こんなこと、あっていいはずがない。

怒りのままに、拳を振るった。

トレートルが反撃しようとしたのか、右手を伸ばすとシルワが蹴り上げ、回し蹴りを顔面へ決める。

「どんな呪文を使ったが知らないけど触られなければ、何も出来ないだろ!このまま、殴殺されろッ!!!」

トドメの一撃とも言える、拳を振り抜くと、感触はなく、トレートルの姿を見失った。

辺りを見回しても、トレートルの姿は、忽然と消え失せた。

「うぐっ!?」

シルワは、呻き声にも近い声を上げた。

トレートルの右手は、シルワの首を鷲掴みにして持ち上げる。

振りほどこうと、抵抗するが、振りほどくことは出来ず、蹴りを浴びせても、トレートルは首を鷲掴みにしたまま、微動だにしない。

「シルワさん!」

アルドは、駆け寄ろうとするが、衝撃波が目の前を通過し、足を止めてしまった。

「黙って見ていろ」

ヘレスが殺気を放つと、アルドは気圧され、現状を眺めている事しかできない。

「こ…こんな奴に…何でわたしらが…」

「本当に笑ってしまうよ。実力差も分からずに戦いを挑んだ挙げ句、まだ余力を残しているなんて」

トレートルは、呆れた笑いを零す。

「お前達は、強者でも何でもない。弱者の集まりの上でふんぞり返るだけの愚か者だ。地獄を体験しておきながら、何故、死ぬ気で掛かって来ない?」

「ぐっ…」

「教えてやろうか?お前達は、偽りの平和の中で、自身の犯した罪から目を背け、生きていただけに過ぎない。初めから何も成してなどいない」

「そんな事はない!俺たちは、平和を護るために魔物達と戦ってきた!国や街を滅ぼしておいて、平和を語るな!」

アルドが叫ぶと、トレートルがゆっくりと視線を向ける。

「なんだ知らないのか?罪人は罪を償うべきだろう?」

「罪人…だと?」

アルドが息を呑む。

アルバ王国騎士団は、罪人の集まりだ。【仲間殺し】のサイシン、【少女誘拐犯】ライゼ。それに、【森林破壊】のシルワだったか?」

「わたしら…の…過去を…お前は一体…!」

シルワは、知られたくはない過去をベラベラと話すトレートルの正体に迫る。

アルドからすれば、その二つ名は真逆だ。

サイシンは、義理人情に厚く、正面から仲間にぶつかり、よく相談に乗っていた。

ライゼは、子供達から好かれ、魔法をよく教えていた。

シルワは、森林を愛し、自然保護団体を募って、休日にゴミ拾いなどをしていた。

想像出来る訳がない。

「自身の犯した大罪を棚に上げ、悪を倒し、築いた平和など…偽りだ。真の平和には程遠い」

トレートルが魔力をシルワへと流し込む。

「よせッ!!」

アルドが走り出した瞬間、鈍い痛みが頬に伝わる。

ヘレスの拳が、顔面に炸裂していた。

「うあああ…」

シルワの顔面が流血し、抵抗していた力は弱まり、地面へと落下。

そして、二度と立ち上がる事はなかった。

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「ふぅ〜。終わった終わった♪」

トレートルは、軽い口調に戻り、倒れ込んでいるアルドへと近寄る。

アルドは、トレートルを睨み付けていた。

「受け入れられない感じ?でも、事実さ~。この国も滅んで当然。そうは思わないかい?」

アルドは、ふらふらと立ち上がり、短剣に手を掛けた。

「その為に…何をしても許されるのかよ…。あの人達が何をしたか知らねえ。けどな、国や街を滅ぼして、関係ねえ人達を巻き込んで良いのかよ…。てめえらがやってるのは、ただの殺戮だろうが!」

仮に、サイシン達がトレートルのような大罪を犯していたとしよう。

しかし、コイツらがやっている事は、殺戮だ。

平和からは、程遠い。

「なら、君が正しいって事を証明してみなよ?」

トレートルが手をくいっとさせて挑発する。

「やってやらぁッ!!!」

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